武蔵阿蘇神社(東京都羽村市)

2017.3

一宮小野神社、二宮神社へ参拝後、阿蘇神社へ詣でてきました。

クルマが置ける東参道から入りましたが、いったん境内外に出て南参道側から・・・鳥居が無いなあと思ったのですが、
帰ってきてからグーグルマップで確認したら、けっこう離れた場所に南参道の鳥居があったのでした^^;

多摩川

手前は用水路。水が勢いよく流れていました。水音も清らかな良い感じでしたよ。鳥居をくぐった中なので、どうやら
ここもすでに境内だったわけですね。いや~、これは素晴らしい空気・空間です。

多摩川に沿った南参道です。いや~参道らしくないですね。右の竹藪の奥に宮司さんのお宅があります。

神社らしくなってきました。

南参道・第二の鳥居

拝殿

拝殿・本殿全景

祭神は、総本山の熊本・阿蘇神社と同じく、

健磐龍命、阿蘇都媛命、速瓶玉命、国竜神、比味御子神、彦御子神、和歌比味神、新彦神、神比味神、若彦神、
弥比味神、金凝神(阿蘇十二神)です。

拝殿

木の温もりを感じさせる拝殿です。

阿蘇神社の総本山は、熊本県阿蘇市にありますが、全国には九州を中心に約450社あるそうです。
しかし、熊本県内以外には2社しか存在しないとの情報もあり。そのうちの1社がこの神社です。
(もう1社は、阿蘇神社(岐阜県羽島市) – 別名「小熊一宮」・「小熊本宮」か?)

創建は601年(推古天皇9年)とされ、933年に平将門が社殿を造営。940年(天慶3年)藤原秀郷が平将門をの霊を
鎮めるためとして修復した。その後、平将門の子孫と称する三田氏が1536年(天文5年)に社殿を修復する。また、
1598年(慶長3年)には徳川家康が参詣したとされている。by wikipedia

古くは阿蘇大明神、あるいは長渕郷総社龍水山阿蘇宮と称したようです。「長渕郷総社竜水山阿蘇宮」と称していた
社名を、現・阿蘇神社に変更したのは明治期になってからのこと。

拝殿前の境内から望む多摩川

阿蘇神社・御神木(スダジイ)

スダジイの巨木は平将門を討った藤原秀郷が天慶3年(940年)頃に植樹したという伝説があります。
現在のスダジイはそのひこばえから生長したものとされているが、一般には800~1000年ほどの樹齢を持つと
認識されている。近年の降雪や台風で枝が折損するなどの被害を受けましたが、まだまだ樹勢は旺盛。

年代的にも、ほぼ植樹した時期と樹齢が一致していますね。

お百度参り用の札

初めて見ました。こんな札があるのですね。

東参道前にて

東参道の鳥居

東参道鳥居正面の「阿蘇宮」

一瞬、こちらが拝殿かと思っちゃいました。 う~ん・・・この「阿蘇宮」とは??

宮司さん宅

宮司さんの宮川家住宅主屋

桁行7間半,梁間3間規模,入母屋造,もと茅葺,平入,平面は六間取とし,養蚕に伴う煙出しを載せる。

市内現存最古の民家とされる。http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/139641 より

こちらの宮司・宮川さんは、阿蘇氏の分家のひとつと言われていて、第2次世界大戦の敗戦後、神道を排除しようとした
GHQの説得にあたったお一人でもあるそうです。

玄関には、節分の魔除けとして使われる 「柊鰯(ひいらぎいわし)」が飾られていました。

柊の葉の棘が鬼の目を刺すので門口から鬼が入れず、また塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らないと言う(逆に、鰯の臭いで
鬼を誘い、柊の葉の棘が鬼の目をさすとも説明される)。日本各地に広く見られる。by wikipedia

いや~、なかなか普通の神社と違って不思議な空間でした。また詣でたい神社が増えましたね。

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