武蔵国一之宮・小野神社(東京都多摩市)

2017.3 多摩市にある「武蔵国一之宮・小野神社」へ詣でてきました。

そもそも一之宮とは何ぞや???

一宮(いちのみや)とは、ある地域の中で最も社格の高いとされる神社のことである。一の宮・一之宮などとも書く。
通常単に「一宮」といった場合は、令制国の一宮を指すことが多い。一宮の次に社格が高い神社を二宮、さらにその次を
三宮のように呼び・・・・by wikipedia

というわけで、簡単には、「ある地方の立派な神社」というわけですね。

しかし、これがなかなか複雑な・・・・・。

大鳥居

08:30頃着きました。朝の陽射しがとても気持ち良く、広々した境内はとても清々しかったですよ。

隋神門

いや~、彫刻がスゴイです。

龍が睨みを利かせていました。

拝殿

赤い拝殿・・・何かチカラの漲った空間です。

本殿

こちらも鮮やかな赤色でした。

拝殿の神鏡の裏側

裏側も鏡になっていました。神鏡の裏側を見ることはなかなか無いですね。

末社殿

この中に末社が入っています。大切にされていますね。

南門

こちらにも隋神門がありました。

境内の外にも祠が・・。

武蔵野国の6つの神社と総社

小野神社のhpによると、「一之宮とは、中世に全国的に確立した、国内における神格の格付けで、国内第一の鎮守という

意味です。南北朝時代に成立した『神道集』の記載にも『一宮は小野大明神』という記載が見られ、一宮=小野神社(当社)で

あることが確認できます。武蔵国内には

一之宮:小野神社(当社:多摩市)を筆頭に、
二之宮:小河神社(現・二宮神社:あきる野市)、
三之宮:氷川神社(さいたま市)、
四之宮:秩父神社(秩父市)、
五之宮:金鑚(かなさな)神社(児玉郡神川村)、
六之宮:杉山神社(横浜市緑区西八朔)が編成されていたことが分かります。」となってます。

 

http://sigin.sakura.ne.jp/junpaikai/HTML/Musasikoku1miya.htm
こちら様のページに「武蔵国の一宮問題」とあります。下記に要約します。なかなか複雑ですね^^;

・武蔵団の一宮は通説として、旧大宮市にある氷川神社とされている。
・一宮として資料的にも近世以降の古文書は「一宮」を裏付けている。室町末期の『大日本一宮記』や橘三喜の
『一宮巡詣記』も武蔵国一宮としている。

・諸国一宮を比定した資料、『国史大辞典』・『神道大辞典』・『大日本地名辞典』などにでは、武蔵一宮は
氷川神社一社としている。武蔵国こは氷川神社が多い。東京都には59社、埼玉県に164社もあるという。
その総本社が大宮氷川紳杜。

一宮、二宮、三宮、、、の序列は日本六十八カ国、国単位だけでなく・、郡・荘園・郷村単位にもあった。それ故、
全国各地に一宮、二宮、三宮、の地名や一宮、二宮、三宮神社等の紳社名が多い。

・小野神社は古代は多摩郁小野郷。中世は多摩郡(多西郡)。現在、東京都多摩市一宮に所在する。『中世諸国一宮制の
基礎的研究』(岩田書院)によれば、14世紀成立『神道集』・『吾妻鏡』の中に一宮とする記述があり、郡・荘園・郷村
の一宮とせず、氷川神社とともに武蔵国一宮としている。

・氷川神社と小野神社との処遇の比較を見ても平安や江戸時代、明治から戦前に至る公的処遇は当然、武蔵国一宮は氷川神社
と軍配を上げざるをえない。
・武蔵一宮説
古文書に鎌倉時代に小野神、一宮という記録や多摩市内に一宮という地名が残る。小野神社の「小野」は第三十代敏達天皇
春口皇子を祖とする古代豪族であり遣隋使となった小野妹子、平安時代遣唐副使や参議にもなった小野筧、その孫小野小町等
が有名である。.この筧の七世高泰が武蔵国守として赴任し、その子孫が蛮族として土著した。武蔵七党といわれ横山・猪俣
などの諸氏である。小野氏は小野妹子が近江国滋賀都小野郷に住み姓名としたと『姓氏録』にある。現在もこの地に
武蔵小野神社の本源とも見なされる小野神社がある。

・武蔵一宮の初見は鎌倉初期。
一宮、二宮、三宮、、、の序列に武蔵七党的など党的武士団の影響力が強く、この頃、小野神社が一宮とされたのではないか
と推定する。 『中世諸国一宮制の基礎研究』jによれば、鎌倉時代の神社ランクと支持武士団を次のようにしている。
一宮小野神社(横山党・西党〉、
二宮二宮神社(西党)、
三宮氷川神社(野與党・足立氏〕、
四宮秩父神社(丹党・猪俣党)、
五宮金鑚神社(児玉党)、
大宮杉山神社(横山党)。 
これら武士党人は国衛の役人としても権力をもつこともあり、律令制度では神階も高い名神大社の氷川神社を三宮にする
など、歴史の変遷による一宮問題の流れが見られる。しかし、室町、戦国時代、江戸期にかけこれまた支配者の変化により、
氷川神社が浮上。一宮の地位を確保したと推察する。

・武蔵国総社(惣社)とLて東京都府中市宮町に大国魂神社がある。六所宮ともいわれ国府の所在地にある。総社はその国の
有力な神々を国府へ勧請し国内の行政安泰などを祈願する神社である。いわば神様の出先機関の総合神社ともいえる。
この神社の祭神は主神大国魂大神(人己貴命〉に配祀して
小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神・杉山大神が祀られている。
団塊の神々に口々の平穏を祈願するためである。 

・武蔵国以外にも「二つの一宮」が多い。その原因を大別すると、

(1)朝廷、貴族が支持Lた神社と台頭してきた武士階級の八幡宮などとの対立や並立。
(2)粗神め男神の神社とその妃神を祀る神社との対立。
(3)天孫族を含む高天原系紳社と出雲族系の神やや渡来系土着地祇神との対立、並列
(4)同名・同神であるが本宮・中宮・下宮が一宮を名乗ると様々である。

武蔵一宮のケースは1・3の項目こ該当するようだ。この多摩市小野神社に対し「論社」として府中市に同名の小野神社が
ある。旧郷社であり主神天下春命も同じである。国府の近くにあった。

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