河口浅間神社

富士河口湖周辺4(河口浅間神社)

2016-01-23 08:11:56 | ・神社・お寺

2016.1.16 またまた富士山方面へ行ってきました。

「新倉富士浅間神社」へ寄った後、「河口浅間神社」へ行きました。

「河口浅間神社」は通称で、正式名は「浅間神社」。

富士山の北麓で御坂山地を背負い、河口湖越しに富士山と対峙して鎮座しています。

祭神: 浅間大神 (あさまおおかみ)=木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を指すとする。

創建 貞観6年(864年)に始まった富士山の噴火鎮祭のため、貞観7年(865年)に浅間神を奉斎したのが始まり。by wikipedia

見事な杉の古木が立ち並ぶ参道 いや~立派です。

参道中央の祠・・・波多志神

河口浅間神社の創始者伴直真貞(とものあたいまさだ)の霊を祀る。

随神門

拝殿

拝殿内左側

本殿

美麗石ひひらいし(ひいら石)

拝殿前に置かれた石祠は、「美麗石」(ひいら石)と呼ばれ、これは『日本三代実録』にいう浅間明神を初めて祀った

古代祭祀の石閣と伝えられている。石をもって造営された祭祀は彩り美麗だったといわれている。

 

本殿脇~奥は、凄い空間でした。

樹齢1000年を越える杉の大樹が密生し、その中に神木とされる七本杉があり、山梨県の天然記念物にも指定されています。

カワラヒワがたくさん居ましたよ。

神木の七本杉(山梨県天然記念物)

境内には樹齢1000年を越える杉の大樹が密生し、その中に神木とされる七本杉があり、山梨県の天然記念物にも指定されています。

境内右手に神綿(しんめい)、齢鶴(れいかく)、産射(うぶや)の三本があり、拝殿の斜め前に御爾(みしるし)の一本、

境内の奥に父母(かずいろ)とよばれる二本、そして社殿の奥に天壌(てんじょう)の一本で計七本。

 

凄い神社でした。樹齢1000(1200年?)を越える杉の巨木が密生し、地球のエネルギーを吸い上げ、どうだ!言わんばかりに

威風堂々・・・どっかり佇んでいました。素晴らしい!また立ち寄りたい神社の一つに加わりました。

富士河口湖周辺5(道祖神祭御神木・御師の家・富士山牛玉(ごおう)

2016-01-24 01:40:33 | ・神社・お寺

2016.1.16 またまた富士山方面へ行ってきました。

河口浅間神社の脇では地元の「道祖神祭」。

地元の方々に少し話を伺いました。

道祖神祭・・・今まで地元周辺の三か所で行われていたようですが今年から?ここに集約されたようです(違うかもしれません)。

御神木の飾りの中央の赤い丸は陽が昇る方角に、白い丸は陽が沈む方角向けて立てられるようです。

富士河口湖町河口の河口浅間(あさま)神社に隣接する広場で14日、小正月行事の道祖神まつりの一環で、「御神木建て」があった。

神社の裏山から5日に切り出し、枝を払った長さ約30メートルのスギの先端部分に、地区の人々が書き初めや「花」と呼ばれる色紙、

「火打ち」と呼ばれる三角形の布袋などを結びつけた。その後、約100人が協力して広場に立てた。

「御神木保存会」によると、旅人や住民の無病息災を祈る伝統行事で、江戸時代から続くという。ご神木は20日に倒され、「花」や

「火打ち」は地区の約450世帯に幸運を招く縁起物として配られる。

http://www.asahi.com/articles/ASJ1G452KJ1GUZOB008.html

 

富士河口湖町の道祖神祭ご神木

富士河口湖町の道祖神祭は、42歳厄年の人たちが祭礼の世話人となる。祭礼の奉納者はその年に厄年を迎える地域住民。

33歳、42歳、還暦厄年、また喜寿77歳の祝い奉納者も見える。その中で、42歳の本厄の人たちが、祭礼で一番重要なご神木、

五色吹流し、晒し、手ぬぐい、清酒、缶ビール、酎ハイ、缶コーヒー、お茶などを奉納する。奉納の飲み物は道祖神祭のどんど焼きで

ふるまわれる。

道祖神祭は、外部からの疫病の侵入を防ぐ、交通安全の神様(=道祖神)に祈るために行われる。「梵天(万物創世の神)にご神木を

見せつけ、そのご利益をヒイチに入れてもらう」と言われている。

御神木は、直径40cmぐらいのスギかヒノキ。厄年の人が山を持っていればその中から切り出してくる。小正月行事は本厄の人が

運営する。前厄になったら手伝いに来て、内容を受け継ぐ。本厄の人がご神木を掛け声をかけながら1人3回引っ張って吊り上げる。

色とりどりのヒイチ、御幣、は、祭礼が終わった後、地域の家庭に配られ、玄関の魔除けとして一年間飾られる。

http://www.mmdb.net/usr/digiken/dosojin1/page/A0018.html

河口浅間神社鳥居の対面にある「御師の家・河口十二坊 梅谷(本庄)家」

御師(おし)とは富士山の神霊と崇拝者の間にたち、崇拝者に代わって祈りをあげ、お札を配り、登拝(信仰登山)の際には自宅を

宿泊所として提供し、富士信仰を広める役割を果たした人々のことです。

梅谷(本庄)の門は、寛政12年(1800)建立。梅谷(本庄)の本宅は安永5年(1776)に建てられたもの。

河口では唯一残っている貴重な建物だそうです。

残念ながら中は見ることができませんでした。

 

「富士山牛玉」

御師の家の縁側にご自由に・・・とあったので頂いてきました。デザインは一番右のものです。

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